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zoom RSS 酒井直樹『希望と憲法』(以文社)

<<   作成日時 : 2008/06/21 23:48   >>

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本書は、以前紹介した『日本/映像/米国』(以文社)の姉妹編である。

超おすすめ。

筆者は、「残余」という概念を手がかりにして、この国の希望を探ろうとする。

「残余」とは、国家主権から「残余」の位置におかれたひとびとのことだ。

在日外国人や外国人労働者などが、「残余」におかれたひとびとだ。

しかし、日本国籍をもたない外国人労働者や在日韓国・朝鮮人などには日本国憲法が関わりがないというのは誤りである。おそらく事態はまったく逆であって、日本国家はその統治の暴力をこれらの人びとに対しては自己制約する必要がないから、彼らには基本的人権を保障しないということが起こるのである。彼らは日本国国家の統治の恣意性に曝される。まさにそのために、彼らは基本的人権についてもっとも敏感に反応せざるをえなくなる。これらの人びとこそが、日本国家と彼ら自身の関係を裸形で感じざるをえない場所に置かれているために、日本国憲法の存在の意義をもっとも鋭敏に生きてしまうのである。(6頁)

(太字部分は、原文で傍点)

だからこそ、わたしたちは、彼ら/彼女らと、
新しい関係を築き上げていかなければならない。

そのために必要なのは、「日本政府/自衛隊」の誤ったイメージを修正することである。

「日本政府」は、日本国民の生命・自由・人権を守る。

「自衛隊」は、日本国民の生命・自由を守る。

こうした空想的なおとぎ話を、徹底的に覆すことである。

……日本政府が経営し日本国民の兵士からなる自衛隊と呼ばれる軍隊は基本的に合州国の指令体系に繰り込まれていて、実質的には、どう考えてみても植民軍である。……現在、合州国の軍隊はイラクの人民を外敵から守るためではなく、イラクにおける合州国の権益と傀儡政権を守るために駐留している。ちょうど同じように、合州国の駐留軍は主として日本における合州国の権益と傀儡政権を守るために日本に駐留していた。(19頁)


日本政府は、アメリカ政府の傀儡政権だ。

このことは、誰でも知っている。

だから、必然的に自衛隊もアメリカ政府の植民軍だ。

このことは、しかし意外にも日本国民に自覚されていない。

歴史を振り返れば、ただちに分かる。

自衛隊は、その創設からして、アメリカの産物だった。

朝鮮戦争のときに、日本国内の「治安維持」のために創設されたからだ。

つまり、自衛隊の前身「警察予備隊」は、
日本国民の生命・財産・自由を守るために作られたのではない。

はじめから「日本国民に対して」銃口を向ける組織として創設されたのである。

したがって、自衛隊の強化をはかるということは、
日本の自立・自律を強化することになるのではない。

必然的にアメリカ合州国への依存・従属を強めるにすぎないのだ。

日本の右派・ナショナリストたちが、
結局のところ、対米追従・対米隷属を強化する「家畜」になりさがるのも、
当然のなりゆきなのである。

そもそも、日本の支配層たちは、
敗戦を真摯に受け止めることはなかった。

敗戦から、二度と戦争はしない、と誓ったわけではなかった。

彼らは、アメリカと戦争をしたことが誤りだっただけで、
こんどはアメリカとともに戦争をすれば勝てる、と考えている。

ここで、著者の鋭い指摘を引用しよう。

岸信介と佐藤栄作が50年代にCIAに資金援助を要求し活動資金を得ていた……、この二人の兄弟宰相は、韓国の李承晩やイラクのサダム・フセイン、インドネシアのスハルト、チリのアウグスト・ピノチェトなどとともに、合州国が作り上げた戦後世界の支配体制で極東における重要な一環をなしたのである。(184頁)


日本の保守政治家は、自主憲法の制定などと言いながら、
じつは裏でCIAから金を受け取っていた。

すでに何年も前に、新聞報道などで報じられたことだから、
誰でも知っている周知の事実のはずだ。

それにしても、何という恥知らずな連中なのだろう。

岸信介と佐藤栄作は、
李承晩、サダム・フセイン、スハルト、ピノチェトと同類なのであり、
アメリカ政府にカネをもらって尻尾を振る忠犬なのだ。

天皇裕仁や、岸信介や笹川良一などのA級戦犯は、自分たちがアジア・太平洋戦争の敗北の当事者であったから、戦後の世界で生き延びるためには合州国の権威ににじり寄る必要があり、そのための屈辱的な演技は当然のことであり、変節者としてそれなりの一貫性を生きている。(80頁)


ここで筆者は、江藤淳を取り上げて、
彼のアメリカに対する態度を「求愛の所作」と断じている。

「求愛の所作」……ふむ、見事な指摘だ。

しかし、日本国民に、政府指導者たちがじつはアメリカの傀儡であると
知られてしまうことはきわめて都合がわるい。

そこで利用されるのが、「国民主義(ナショナリズム)」なのだ。

合州国は、植民地支配を継続するために、現地の国民主義を弾圧するのではなく、国民主義を通じた衛生国支配を希求したのである。(196頁)


ゆえに国民主義の高揚は、これまた対米従属を強化するにすぎない。

だから、小泉政権下で起きた「靖国問題」ほど、東アジアの現実がジョン・フォスター・ダレスの遺産によって未だに憑かれていることを見事に示す事例はなかったのである。「日本人には人種主義者になって貰わなければならない」とは、まさにこのような事態をも含意していたのである。自らの国民的アイデンティティに自己憐憫的にかかわる者たちや、他者に開かれることよりも国民共同体のなかに閉じることによって自己慰安を確保しようとする引籠り国民こそが、合州国の政策によって密かに期待されていたのである。(214頁)


そういえば、小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝を、
「アジア各国からの圧力に屈しない断乎とした態度」などと評価した、
驚くほど退廃したのんきなひとびとがいた。

彼らは、他方でアメリカ帝国主義に、恥をかなぐり捨て、
権力におもねるかたちでぶら下がっただけだったのだ。

これからわたしたちは、躊躇せずに、
右派・ナショナリストたちを「アメリカの犬」と罵ることにしよう。
















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森巣博『越境者的ニッポン』(講談社現代新書)@
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