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zoom RSS C・ダグラス・ラミス『戦争と憲法』(晶文社)

<<   作成日時 : 2008/05/09 14:33   >>

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わたしにはちっとも分からない。

殺人を非難するひとが、国家による殺人を肯定し、
それどころか、それを積極的に支持している。

国家による殺人とは、「死刑」や「戦争」のことである。

喫煙をかぎりなく非合法化していこうとするひとが、
タバコの煙よりもはるかに有害な自動車の排ガスを容認し、
原子力発電所を容認している。

いや、それどころか、ある国では、公共空間でタバコを吸うと犯罪になるが、
イラク人の頭上から劣化ウラン弾を投下することは犯罪ではない。

原子爆弾を投下しても犯罪ではないらしい。

わたしには、その理屈がちっとも理解できない。

空襲は国家テロであり、金持ちのテロである。この60年間で、人類の歴史に名を連ねる反政府テロリストよりも、この国家テロの方が、燃やしたり爆発させたりした罪のない人の数が圧倒的に多い。なにかがこの現実に対してわれわれの意識を麻痺させている。アメリカ合衆国では、混んでいるレストランに爆弾を投げた人は絶対に大統領になれないが、飛行機から爆弾を落として、レストランだけではなく、それが入っていたビルもその周辺も破壊したことのある人が問題なく大統領になる。(75頁)


まったくそのとおりだ。

反政府テロリストよりも、国家によるテロの方が、
多くの人間を殺害してきた。

それなのに、国家への信頼をひとびとは盲目的に持ち続ける。

アメリカ政府は、アメリカ国民を守ってくれると信じている。

そして、そのアメリカが、日米同盟を強化することで
日本国民までも守ってくれると信じているひとさえいる始末だ。

レストランに爆弾を投げたひとは、残虐なテロリストとして非難を集める。

しかし、レストランだけでなく、レストランが入っているビルそのものや、
周辺地域まで爆弾で破壊したひとは、なんと大統領になれる。

そして、ひとびとの尊敬の対象になる。

このことの子どもに対する悪影響は、はかりしれない。

ダグラス・ラミスは、次のようにまとめている。

@ 今世紀〔20世紀〕、人類史上、もっともたくさんの人が暴力による非業の死を遂げた。
A 国家こそが大量殺人犯である。
B 国家が殺した人の大半は自国の市民である。(175−176頁参照)


国家こそが、もっとも人を多く殺してきた。

さらには、国家が殺してきた人の大半は、敵国の人ではなく、
自国の市民なのである。

国家は、正義の味方ではない。

国家は、わたしたちを決して守らない。

これが、歴史を学ぶことによって、見えてくることだ。

歴史を学ぶということは、こういうことだ。

国がわたしたちを守ってくれるなどという幼稚な幻想を持つことは、
こうした歴史を学ばず、無知でいることではじめて可能になる。

国家に「殺しのライセンス」を与え、
無数の市民を殺戮させてきたのは、ほかならぬ主権者自身だ。

だから、わたしたちの果たすべき責任とは、
国家から「殺しのライセンス」を取り上げることである。











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