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zoom RSS 森達也『死刑』(朝日出版社)

<<   作成日時 : 2008/04/01 18:46   >>

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死刑制度を存置すべきだという意見は、まだ日本には多い。

存置派を論破するのは、じつはたやすい。

死刑制度をめぐる論点もすでにほとんど出尽くしている。

それでもこの本は、読んでよかった。

死刑囚は、社会からまったく見えないところに置かれる。

死刑制度も、どのように運営されているのか、
わたしたちにはまったく見えてこない。

この不可視の死刑制度を、まずは微かな光のもとであっても、
浮かび上がらせたい。

そんな必死な思いが、筆者の文章から伝わってくる。

死刑制度には、理解不可能なルールが多い。

確定死刑囚は、家族と弁護士以外との面会を許されない。

外部との手紙のやりとりも原則的に禁じられている。

家族や弁護士が面会したときの会話の内容は、公開できない。

しかし、手紙のやりとりは公開できる。

規則の基準がまったく分からない。

筆者も述べている。

 面会は1日1回。手紙の発信は1日4通以内で、1回に使用する便箋の枚数は7枚以内。4通にしても7枚にしても、制限しなければいけない根拠がわからない。……東京拘置所の場合は、シャープペンシルと筆ペンは黒の極細のみが許可される。ボールペンは黒・赤・青が認められるが、色鉛筆は赤と青のみ。そして蛍光ペンは黄色だけだ。
 ピンクや青の蛍光ペンと黄色の色鉛筆がダメな理由は何か。僕にはわからない。(36−37頁)


わたしにも分からない。

いや、誰にも分からない。

 運動は夏季(7〜9月)が週2回で、冬季は週3回(夏より冬のほうが回数が多い理由は不明)、1回の所要時間は30分。(42頁)


なぜ週2〜3回程度の運動しか許されないのかも分からない。

ろくに陽も当たらないところで、終日じっとしていたら、
身体はそれだけでもぼろぼろになってしまうだろう。

また、この本から見えてくるのは、
死刑制度を支持する人びとの醜い姿だ。

冤罪だったのに死刑が執行される直前まで行き、
奇跡的に生還したひとに有名な免田栄というひとがいる。

 死刑が確定してから拘置所で再審活動を始めた免田に対して、日本中から多くの郵便物が送られてきた。いくつもの段ボール箱に入れられたその手紙のほとんどは、「人殺し」や「再審するな」、「俺が殺してやる」などの記述で埋められていたという。(173頁)


1999年、文京区で春菜ちゃんという女の子が殺害される事件が起こった。

メディアは「お受験殺人事件」などといって騒いだ。

まるで殺された幼児の母親にも非があるかのような報道もされた。

そのせいであろう、
全国から、殺された子どもの母親に次のような手紙が届いたという。

……全国から手紙が殺到した。内容はほとんどが、「次はオマエの番だ」とか「殺されて良かった」などの文面ばかりだったという。(286頁)


死刑制度に賛成のひとが、すべてこのようなひとだとは言わない。

しかし、警察の捜査やメディアの報道を鵜呑みにする人びとの怖ろしさは、
決して見逃すことのできない「現実」であろう。

世間で話題になった殺人事件の容疑者の弁護士に対しても、
全国から脅迫が届くという。

山口県光市母子殺害事件の弁護団に対して、
全国から脅迫と罵声の電話や手紙が寄せられたという。

筆者もこう記している。

 メディアの報道を鵜呑みにして春菜ちゃんの母親宛てに、「次はオマエの番だ」とか「殺されて良かった」などの手紙を匿名で送る人たちと、「悪い加害者を吊るせ」とか「加害者の前に弁護団から処刑する」などと書いた脅迫状を送りつける人たちとは、いったい何が違うのだろう。(298頁)


こうした脅迫に走る人びとは、正義感に駆り立てられたのか?

まさか、正義感があるなら、こんな卑怯なマネはしないだろう。

死刑制度存置派の多くは、
遺族感情を代弁しているかのようなそぶりを見せる。

被害者遺族のなかには、当初は被告の極刑を望んでいたが、
やがて死刑執行に疑問を持つようになり、
死刑廃止運動に関わるようになったひともいる。

駅前で死刑執行の停止を求めるビラを撒いていると、
通行人が罵声を浴びせるという。

「被害者遺族の気持ちを考えろ!」と。

「彼はその被害者遺族です」と活動メンバーが答えると、
通行人は気まずそうに走り去っていったという。

この本で取り上げられている「死刑制度と凶悪犯罪の関係」という論点は、
とても重要なものだ。

死刑制度は、犯罪抑止につながっていないどころか、
むしろ犯罪増加・凶悪化に荷担するという点だ。

日本でも、死刑になりたいからという理由で、
犯罪に走った例が報告されはじめている。

それでもきっと人びとは言うのだろう。

「犯人を死刑にしろ」と。

冤罪で、まったく無実のひとが処刑されても、彼らは言うのだろう。

「犯人を死刑にしろ」と。

中国では、年間8000人もの死刑が行なわれているらしい。
日ごろ中国の悪口を言ってスッキリしているひとびとは、
このことについてどう考えているのだろうか。

死刑囚はどのような処遇を受けているのか。

死刑はどのように執行されているのか。

その姿は見えないし、多くのひとは知ろうともしない。

人びとの関心の外で、闇のなかで、ひとが殺されていく。

そして、何も見ていない人びとが、死刑の存続を支えているのである。














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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。日本で死刑制度存置派はとても多いですよね。実態を知らないまま「犯人を死刑にしろ」と言うのでしょう。きっと知ろうともしないのですね。
正義に託つけて脅迫状を送る人。他人の立場からしか物事を考えられない人。もう嫌になってしまいます。
そして一つ気になる事は、死刑を執行する人の精神状態です。イラク戦争でもふれていましたが、皆少なからず罪悪感やトラウマを抱えているのではないでしょうか。PTSDのような病気になると、克服するのにとても時間がかかります。
死刑執行の際、数人が集まり同時にスイッチを押すと、聞いた事がありますが
、それでも彼らが抱えるストレスは計り知れません。
死刑制度は人が裁き人が執行するのだから、冤罪なども含めて限界があると思います。長々とごめんなさい。
サブシルマ
2008/04/06 07:25
◆サブシルマさま

はじめまして。うれしいコメントをくださりありがとうございます。
おっしゃるとおり、死刑を執行させられる刑務官たちの負担という問題も、見逃すことのできない重大な問題ですね。この本でも、実際に死刑に立ち会った刑務官にインタビューが行なわれていますが、家族にも同僚にも話をすることができず、相当なストレスを抱えるようです。

日本の刑事裁判では、有罪率が異常に高い。この異様さは、やっと最近になって指摘されるようになりました。戦争にせよ、死刑にせよ、「国家」のやることに対する批判を失うとどうなるか。「国家」に対する無批判的な姿勢の怖ろしさについて、わたしたちはもっと考えなければいけないでしょうね。サブシルマさまのご指摘のように、見えないものに想像力を向けることがいかに大切かということを実感いたします。

日本の死刑執行がどのように行なわれているのかについては、後日書こうと思います。ありがとうございます!
影丸
2008/04/08 18:18
こんばんは。コメントをいただけてとても嬉しいです。今朝、死刑執行のニュースを観てこれは書かなければと思いました。このニュースをとりあげているブログを読んでいたのですが、ほとんどのブログで「賛成だ」とかかれていました。その中でも一際すごいものがありました。「だいたいなぜこんなことがニュースになるのか分からないであります。人を一人殺したのだから自分の命で償うのは当然であります。死刑判決から1年もたって執行なんて、税金の無駄遣いであります。こうゆうところで税金を節約するであります。」
この口調、「ケロロ軍曹」というアニメのキャラクターで緑のカエルなんですが「地球を侵略するであります!」とか言ってるんです(どうでもいいですね。)
読みながら鳥肌が立ちました。怖かったです。死刑は、罪を償うことなのでしょうか。それって当たり前のことなのでしょうか。
世の中の風潮といのは怖いものですね。そして、ほとんどの人が真実を知らない。無知がどれだけこわいか。無知がどれだけ人を傷付けるか、考えさせられました。
これからも影丸さまの意見をきかせてください。ありがとうございました。

サブシルマ
2008/04/10 18:45
◆サブシルマさま

ふたたび鋭いコメントをありがとうございます!
「税金の無駄遣い」という言い方は、政治家や官僚や、天皇一家にこそ向けて発せられるべきものであって、生命を奪う(=殺害する)ことの正当化に使われては決してならないはずの言葉ですよね。わたしも、サブシルマさまと同じように、こういう発言を平然と放つひとには、嫌悪感いっぱいで鳥肌が立ちます。

死刑囚に対してだけでなく、障害を負っているひと、老人、難病に苦しむひと、仕事がなくて生活もままならないひと、こうしたひとたちに向けて、「税金の無駄遣い」といったおぞましい言い方が近年なされています。かろうじて命をつないでいるひとたちに、こうした暴言が吐けるひとというのは、まだ「人権」というものをご存知ないのでしょうね。中国では、じゃんじゃん死刑を執行して、その死刑囚の身体から臓器を取り出して、移植に再利用しているといいます。「税金の無駄遣い」という発想は、中国のこの死刑囚の人体再利用にとても近いもののように思われます。

これからもわたしは、こうした「無知の暴力」と闘っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
影丸
2008/04/14 18:28
老人や病気に苦しむひとたちに向けて「税金の無駄遣い」なんてひどい。
先日、岡山県の「グループホームRing」で、入所する認知症の高齢者全員が虐待を受けていたという記事を読みましたが、これに対しても「老人たちにははやく死んでもらわなければいけない」「安い給料で働かされてたら(虐待しても)しょうがない」というような意見がありましたね。
この世の中はどうにかなっちゃったんでしょうか。みな年をかさねていけば必ずひとの助けが必要になるのに。「想像力の欠如」というレベルではない。弱者いじめです。わたしの血圧はあがる一方です。
サブシルマ
2008/04/22 23:45
◆サブシルマさま

まったくその通りだとわたしも思います。弱者いじめは、暴力だということを自覚してほしいですね。わたしの血圧も上がりっぱなしですよ。いつも湯気が出ています。

ネット上で暴言を書き込んでいるひとたちが行なっているのは、ひとを「生きる価値のあるひと/生きる価値のないひと」に線引きして、弱者を切り捨て、自分にだけは生きる価値があるという「選別と排除」の暴力です。競争原理の強化・右傾化する日本でこうした傾向が顕著になっていることを、わたしたちは覚えておかないといけませんね。
影丸
2008/04/23 17:25
ご無沙汰をしております。

”きっこのブログ”というブログを読み、ちょっとおかしいと感じまして記事を挙げました。
 その際、フォーラム自由幻想の死刑関連の記事と、当記事におけるサブシルマさんと影丸さんのやりとりを大いに参考(受け売りになってしまっている部分も大いにありますが)にさせていただきました。
 ご挨拶遅れたこと申し訳ありません。
 
 死刑制度って、世界の半数以上が廃止しているんですね。
 「人権」が果たして守られているんであろうか?と内戦ばかり繰り返しているアフリカでも死刑廃止している国は33カ国(53カ国中)にのぼるそうです。
 それに比べて日本は・・・野蛮な国なのですね。
船頭
2008/05/09 00:28
◆船頭さま

コメントありがとうございます。

殺人を非難しておきながら、「国家による殺人」を堂々と口にするというのは、恐るべき野蛮だと思います。日本にはまだまだ人権思想が根付いていないのだと痛感します。未熟で野蛮な国です、日本は。

アフリカは、深刻な問題をいくつも抱えていますが、内戦後の世界をどう築いていくかということを真剣に考えて、ユニークな試みも行なわれています。「真実和解委員会」などはその例です。彼らに学ぶべきこともあると思いますね。
影丸
2008/05/09 13:27

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