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zoom RSS 渡辺清『砕かれた神』(岩波現代文庫)

<<   作成日時 : 2008/02/29 14:25   >>

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出張で京都に行ってきた。

そのため、ブログの更新がしばらく滞っていた。

京都出張の話は、そのうちここにご報告しようと思う。

この本を読んだことのあるひとは、どのくらいいるだろうか。

渡辺清というひとは、戦時中、海軍に入隊。

戦艦武蔵に乗り、レイテ沖開戦などに参加した。

戦後は、日本戦没学生記念会(わだつみ会)の事務局長も務めていた。

本書は、彼のつけていた日記である。

ずいぶんと前に、わたしはこの本を紹介すると予告していた。
2007/04/10」の記事だった。

それをやっとここで取り上げたいと思う。

著者は、もともと熱狂的な軍国主義者であった。

 戦場にいる間、おれはひそかに死ぬ機会を待っていた。いざというときは潔く立派に死ぬこと、死んで大義に生きること、それしか考えなかったといってもよい。国のため、同胞のため、そして誰よりも天皇陛下のために死ぬこと、天皇陛下の「赤子」として一死もってその「皇恩」に報いること、それをまた兵士の「無上の名誉」だと信じ、引きしぼるようにその一点に自分のすべてを賭けていた。
 それだけに前ぶれもなく、とつぜん突きつけられた敗戦の報は非常なショックだった。そこにはだから、「これで助かった」という思いはみじんもなく、瞬間、「死におくれた」という取り返しのつかない無念さだけがきりこむように、胸を打ってあふれた。そしてこれからは静謐な「死」の暗がりを出て、陸(おか)の上のギラギラした明るい太陽の下で生きていかなければならない。そう思ったとき、おれは死ぬことよりも、生きることのほうがはるかに恐ろしいと思った。


当時としては、これがごく一般的な軍国少年の考え方だったのだろう。

1945年9月、東条英機がピストルで自殺未遂をはかった。

これについて、著者は次のように日記に綴っている。

それにしてもなんという醜態だろう。……余人ならいざ知らず、東条といえば開戦時の首相だった人ではないか。一時は総理大臣だけでなく、同時に陸軍大臣や参謀総長も兼任していたほどの権力者だったではないか。そればかりではない。陸軍大臣だった当時、自ら「戦陣訓」なるものを公布して全軍に戦陣の戒めをたれていたではないか。「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」。……この訓令を破っているのは、ほかでもない当の本人ではないか。
 軍人の最高位をきわめた陸軍大将が、商売道具のピストルを射ちそこなって、敵の縄目にかかる。これではもう喜劇にもなるまい。(23−24頁)


そして、著者がもっとも衝撃を受けたのは、天皇とマッカーサーとの会談だった。

9月27日、天皇ヒロヒトはマッカーサーを「訪問」した。

そのことが新聞で大きく報じられた。

 それにしても一体なんということだ。こんなことがあってもいいのか。「訪問」といえば聞こえはいい。しかし天皇がこれまで自分のほうから人を訪ねたことがあったろうか。……
 しかも訪ねた先方の相手は、おれたちがついせんだってまで命を的に戦っていた敵の総司令官である。「出てこいニミッツ、マッカーサー」と歌にまでうたわれていた恨みのマッカーサーである。その男にこっちからわざわざ頭を下げていくなんて、天皇には恥というものがないのか。……まったくこんな屈辱はない。人まえで皮膚をめくられたように恥ずかしい。自分がこのような天皇を元首にしている日本人の一人であることが、いたたまれぬほど恥ずかしい。(35−36頁)


渡辺清は、ヒロヒトとマッカーサーのツーショット写真に衝撃を受けた。

国民には「生きて虜囚の辱を受けず」と命令していた天皇ヒロヒトは、
自分が「虜囚」になったとき、自害どころか、命乞いにのこのこ行った。

 天皇のことが終日頭についてはなれない。あのマッカーサーと並んだ新聞の写真を思いだすたびに、むかむかして頭にカッカと血がのぼってくる。みぞおちのあたりが、火がついたように熱くなる。裏切られた怒りにまかせて何を仕出すかわからない自分を意識し、自分が自分で恐ろしくなる。
 おれのこれまでの天皇にたいする限りなき信仰と敬愛の念は、あの一葉の写真によって完全にくつがえされてしまった。
 おれは天皇に騙されていたのだ。
 絶対者として信じていた天皇に裏切られたのだ。(39頁)


この無責任ぶりは、天皇ヒロヒトだけではない。

マスコミも同罪であった。

 夜新聞を読んでいて感じたことだが、この頃の新聞の豹変ぶりは実にひどい。よくもこうまで変われるものだ。これはラジオも同じだが、ついせんだってまでは、「聖戦完遂」だの「一億火の玉」だの「神州不滅」だのと公言していたくせに、降伏したとたんに今度は「戦争ははじめから軍閥と財閥と官僚がぐるになって仕組んだものであり、聖戦どころか正義にもとる侵略戦争であった」などとさかんに書いたり放送したりしている。
 まったく人を馬鹿にしている。それならそれでなぜもっと早く、少なくとも戦争になる前にそれをちゃんと書いてくれなかったのか。……チャランポランな二枚舌、舞文曲筆、無責任にもほどがある。(46−47頁)


敗戦直後からはじまったのは、一部の戦争指導者に罪をかぶせ、
天皇と国民をまるごと免罪するための仕掛け作りだった。

 ……おれはこういう話を聞くと、ふん、なにがマッカーサーだと言いたくなる。……ついせんだってまで天皇さまさまでいたのに、一朝にしてにべもなくマッカーサーさまさまに早変わりする。つまりその時の一番力のあるものに身を寄せたがる。
 おれはそういうチャッカリした事大主義が我慢ならない。だいたい親父たちは戦争に敗けたことも、アメリカに占領されたことも、なんとも思っていないらしい。そしてふた言目には「時勢が変わった」といって、すべてを時勢のせいにして省みるところがない。(65頁)


そのときのもっとも力の強いものに擦り寄る奴隷根性。

いまの日本とまったく同じである。

 三菱財閥がかつて東条大将に一千万円を寄付したということが新聞に出ている。これをみると、「戦争中軍閥と財閥は結託していた」というのはやはり事実のようだ。……
 表では「尽忠報国」だの「悠久の大義」だの「聖戦の完遂」だなどと立派なことを言っておきながら、裏にまわって袖の下とはあきれてものも言えない。まったくよくもそんな恥知らずなことができたものだ。(87頁)


企業は、金儲けのためなら人殺しも戦争もする。

 武蔵は三菱重工業株式会社長崎造船所でつくった艦だが、むろんあれだけの大艦だから、請け負った三菱はきっとしこたま儲けたにちがいない。おそらく儲けすぎて笑いがとまらなかったろう。しかもそれをつくった三菱の資本家たちは誰一人その武蔵に乗り組みはしなかった。それに乗せられたのは、たいていがおれのような貧乏人の兵隊たちだったのだ。そしてその大半は武蔵と運命を共にしたが、おれたちがシブヤン海で悪戦苦闘している間、三菱の資本家たちは何をしていたのか。おそらくやわらかな回転椅子にふかぶかと腰を沈めて葉巻でもふかしながらつぎの金儲けのことでも考えていたにちがいない。それを考えると、腹わたが真っ黒になるような怒りにかられるが、おれは爾今「三菱」の製品はいっさい拒否する。たとえ紙一枚、鉛筆一本といえども手にしないつもりだ。いずれにしろ、三菱製の武蔵のうらみは生涯忘れぬ。(248頁)


そして、戦争中に大儲けした企業は、いまも「一流企業」などと呼ばれている。

戦争で儲けた企業や不正を行なった企業に対する不買運動。

われわれももっと見習わなければならないはずだ。

 天皇はたしか子どもが六人いる。男二人に女四人、しかし天皇はこの戦争で、ただの一人もなくしていない。六人とも健在だから、……天皇はやがて孫の顔をみることができるだろう。可愛いい孫の顔をみて喜ぶだろう。だが、その天皇のために大事な息子を戦死させたあの人は、もう一生孫の顔をみることも、孫を抱くこともできないのだ。(114頁)


天皇も政治家も、決して戦場では戦わない。

 ……近衛公は戦争中はずっと軽井沢でお妾さんといっしょに暮らしていたという。なんでもそこに大きな別荘をもっていたらしい。……前線では玉砕が相つぎ、特攻機が次々に突っこんでいるというときに、また銃後は銃後で烈しい空襲にさらされ死者が続出しているというときに、よくもそんな太平楽な生活ができたものだと思う。彼はかつての首相であり、しかも在任中は国民にむかって、「大政翼賛」だの、「国民精神総動員」だの、「堅忍持久」だのと盛んに御託宣を垂れていたではないか。それを、当の御本人は安全な山あいの別荘に戦火をさけて女道楽にうつつをぬかしていたという。まったくとんだ大政翼賛会もあったものだ。
 考えてみると、偉いと言われている人ほどこんなものだったのかもしれない。(145−146頁)


「偉いひとたち」の正体とは、この程度のものなのである。

 マッカーサー司令部の発表によると、皇室の財産は、所蔵の美術品、宝石、金銀の塊は別にしても、15億9000万円もあるのだという。これにはおれも心底びっくりした。……15億などという金はとても想像できない。あまりに厖大で気が遠くなるほどだ。だが、おれが驚いたのは、その金高ではない。その厖大な財産の所有者が天皇であったということだ。
 おれはこれまで天皇を金品に結びつけて考えたことは一度もなかった。金などを云々するのはわれわれ世俗のことで、天皇はそんなことにはまったく無縁な超越的な存在だと思っていた。天皇を崇高な「現人神」と信じていたのも一つはそのためだった。それがどうだろう。ひと皮はいでみればこのありさまだ。いったい天皇はこんな大金をどこでどのようにして手に入れたのか。(209―210頁)


この天皇家は、いまでは税金で何不自由ない豪華な暮らしを送っている。

北朝鮮の豪奢な指導者と飢える国民という現実に対して、
マスコミや日本人は批判する。

その目をなぜ日本国内には向けないのだろう。

著者が天皇に向けた怒りは、めらめらと燃えていった。

そして、この怒りがやがて自分自身に向けられていく。

 天皇を責めることは、同時に天皇をかく信じていた自分をも責めることでなければならない。自分を抜きにしていくら天皇を糾弾したところで、そこからはなにも生まれてこない。それはせいぜいその場かぎりの腹いせか個人的なグチに終わってしまう。そしてそれでことはすんだつもりになって、時とともに忘れてしまい、結局、いつかまた同じ目にあわされることになるのだ。……二度と裏切られないためにも、天皇の責任はもちろんのこと、天皇をそのように信じていた自分の自分にたいする私的な責任も同時にきびしく追及しなければならない。……
 戦争についてもまったく同じことがいえる。たしかにおれは戦争については何も知らなかったし、何も知らされていなかった。正義のためだと教えこまれていた戦争が、実は無謀な侵略戦争であり、他国へのあこぎな強盗的行為であったのだと知ったのは敗戦になってからである。……だがおれ自身がその戦争を讃美し、志願までしてそれに参加した人間だという事実は、それによってすこしも消されることはない。侵略の兵士の一人であったことには変わりはない。これだけは自分のほかどこにももって行きようのないものだ。自分の責任としておれ自身が負わなければならないものだ。したがって、知らなかった、欺されていた、ということは責任の弁解にはなっても、責任そのものの解消にはならない。知らずに欺されていたとすれば、まずそのように欺されていた自分自身にたいして責任があるのだと思う。(221−222頁)


そして渡辺清は、天皇に宛てて手紙を書き、これを送った。

 ……私の海軍生活は4年3ヵ月と29日ですが、そのあいだ私は軍人勅諭の精神を体し、忠実に兵士の本分を全うしてきました。戦場でもアナタのために一心に戦ってきたつもりです。それだけに降伏後のアナタには絶望しました。アナタの何もかもが信じられなくなりました。そこでアナタの兵士だったこれまでのつながりを断ちきるために、服役中アナタから受けた金品をお返ししたいと思います。
 ……
 以上が、私がアナタの海軍に服役中、アナタから受けた金品のすべてです。総額、4,281円05銭になりますので、端数を切りあげて4,282円をここにお返しいたします。お受け取りください。
 私は、これでアナタにはもうなんの借りもありません。(336頁)


渡辺清の怒り。

それは、彼が人間として生きるために取り戻した感情だったのである。












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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。
本書は、自分の無知蒙昧を思い知らされるものです。
先日の「パール判事」についても、まだ未読でありますが、こちらも是非とも読んでみなければと感じます。
以前、紹介された 藤原彰『新装版 昭和天皇の十五年戦争』の中の昭和天皇発言「原爆が落とされたのはやむを得ない」なんて、酷い発言なのでしょう。
九州のバカ元議員どころではありませんね!
戦争当事者の癖になんの責任も感じていない、それでも人間かと思います(あぁ、神だったんだっけ)
それに比べて渡辺清さんのなんて人間らしいこと!
神なんてクソですね!
船頭
2008/03/02 08:45
◆船頭さま

こんにちは。
コメントをどうもありがとうございます。
久間章生元防衛大臣の「原爆投下はしょうがなかった」という発言をマスコミも国民も批判しましたが、天皇ヒロヒトもこれと同じ意味の発言を敗戦後にしていたのですよね。このことは、高橋哲哉氏も指摘していますが、天皇を批判できないこの国のひとびとは、北朝鮮を批判する資格を持ちませんよね。

船頭さんの怒りもごもっとも。わたしも同感です。
ぜひこの本も読んでみてください。
影丸
2008/03/02 13:35

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