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zoom RSS 李恢成『サハリンへの旅』(講談社学芸文庫)

<<   作成日時 : 2007/04/07 14:18   >>

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東洋の「アルザス・ロレーヌ」といわれるサハリン。

筆者は、かつて自分が過ごしたサハリンの地を訪れる。
冷戦時代のことだから、サハリンに渡るだけでも大きな障害があった。

渡り鳥は自由に地球を往来できるのに、
人間は国境に阻まれて、自由に移動することすらできない。

筆者は本書で「9人の電話交換手」という話を紹介している。

1945年8月20日、ソ連軍が真岡に上陸した。
敵軍が迫りくるなか、電話交換手をしていた若い女性たちが、
職場で青酸カリを飲んで服毒自殺をしたという。

もちろんそれは、自発的で純粋に喜びに満ちたものなどではなかった。
軍による命令や当時の教育によって、彼女たちは死に追いやられたであった。

「どういうのかしら、この電話交換手のことでね、はじめはたしか日本陸軍に死守を命じられ、最後は毒をあおぐようになった、という風に語られていたのに、このごろはちょっと風向きが変ってきて、彼女たちは純粋な気持で職場を守り、通信業務を最後まで果してね、それからみずからの意志で死んでいった――という方向が強調されているでしょ。どうも、そこら辺が気になるんですよねえ。いったい誰が彼女たちに青酸加里を渡したのかとか、なぜ彼女たちを緊急避難させなかったのかとか、そういうことがウヤムヤにされたままに、殉死したと、そこだけを強調していくようになるとね、このご時勢だし、いっそう危険だなあって感じるんですよ」(太字部分は原文で傍点)


なんだか最近の日本の状況を思い出さずにはいられないだろう。
悲劇が、いつの間にか美談として作りあげられてしまうという歴史の捏造。

先月30日、文部科学省は、教科書検定の結果を発表した。
読売新聞WEBサイト」から引用しよう。

 日本史では、沖縄戦の集団自決に関する記述について、今回の検定から、日本軍の強制があったとする表現すべてに検定意見が付けられた。

 日本史で沖縄戦に言及したのは、日本史Aと日本史Bの教科書計10点のうち8点。文科省はこのうち7点について、日本軍が住民の集団自決を強要あるいは命令したという内容の記述に、「沖縄戦の実態について誤解する恐れがある」との意見を付け、修正を求めた。修正後の記述は「追いつめられて集団自決した」などとなり、集団自決に軍が直接関与したとする表現は教科書からすべて消えた。

 文科省は最近の学説などを根拠に、「日本軍による集団自決の強要や命令があったかどうかは明らかでない」としている。これに対し、沖縄県民からは「集団自決を軍と切り離して考えることは出来ない」などの反発が出ている。


集団自決した沖縄の住民は、誰から手りゅう弾を渡されたのか。
そういうことがうやむやにされる。
いつの間にか、沖縄の人びとの死が、尊い犠牲にされ、美談に仕立て上げられてしまう。

さて、本書に戻ろう。

「9人の電話交換手」の話について、筆者はこう加えている。

……あの戦争の犠牲者を、そこの因果関係を明らかにせずに、ひたすら殉教者として昇華させていくとすれば、その悲劇から人々が本来得てしかるべきまっとうな反省や判断が逸せられ、事はすべて個人的なこととして処理されるばかりか、彼女たちに死を強いた直接間接の要因を免罪に付してしまいかねない。いや、そればかりか、戦争を美化する下地として、利用されかねないだろう。


被害者や目撃者が証言していても、政府やタカ派は「証拠がない」と言い張る。

戦争を体験した世代は、やがていなくなる。
歴史を捏造する連中は、それを待っているのである。

「美しい国」には、「美しい物語」しか必要ではない、というように。

すでに、残虐な過去を否定する歴史の捏造に素朴に共感してしまう若者が、
うじゃうじゃとまるでうじ虫のようにあらわれている。
洗脳されてしまっている若者たち。

この責任は、まちがいなく中高年にある。













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