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zoom RSS 山本周五郎『青べか物語』(新潮文庫)

<<   作成日時 : 2005/09/16 23:02   >>

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この物語には、さまざまな人物が登場してくる。

どの人たちも、貧しく、たくましい人たちだ。

なかでも、ずいぶん変わっったひとりの人物が印象的である。

主人公(おそらく筆者のこと)が、ひとりのんびり釣りをしていると、
見知らぬひとりの男が近づいてきた。

「人はなんによって生くるか」
私はそちらへ振り向いた。
「人は」とその男はまた云った、「なんによって生くるか」
……
「なんですか」と私は反問した。
私はなにか釣りに関することで話しかけられたのだと思った。
場合が場合だから、そんな深遠な人生問題、むしろ哲学的な命題について一拶をくらおうとは、
夢にも思わなかったのである。
その男は現場監督が怠けている労働者を見るような眼で私のことを見、そうして、
こんどは一と言ずつ区切って、同じことをはっきりと云った。
――このあとのことを書くと人は信じなくなるだろうが、事実を云うと、男は右手の拳を私のほうへぐいと突き出したのである。
私は危険を感じて身を反らし、男は突き出した拳を上下に揺すった。
これを見ろ、といったような手つきなので、その拳を注意して見ると、握った中指と人さし指とのあいだから、拇指(おやゆび)の頭が覗いているのであった。


こんな気のふれたような男が、この物語のなかに登場する。

びっくりするだろうなぁ。

いきなり、見知らぬ人に、
「人はなんによって生くるか!」
なんて、問い詰められたら……。

少なくともわたしは、
いきなり知らない人にこんな抽象的な「問い」を投げかけられた経験はない。

それにしても、変わったおじさんである。

ところが、主人公は、その後、この男の「秘密」を知る。

この男が、数年前に、妻と4人の子どもをいっぺんに亡くしてしまい、
以来、頭がおかしくなってしまったのだということを、
主人公は村人から知らされるのである。

狂っていると思われる人。

その人の後ろにも、当たり前のことだけれど、物語がある。

だのに、人のありようにすら思いを寄せない言説の、この世にあまりに多いこと。

「負け組」「怠け者」「危ない」「汚い」……などなど。

ちなみに、ひとこと。

この本の「家鴨(あひる)」という話には、違和感をもった。

主人公(筆者)の視線が、加害者に過剰な同情をもっていたから。












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